陶芸家 Emui 中川笑美さん < First interview > | 前編
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第2回目の「作り手の声」は、
東京と徳島の2つの拠点で活動されている、
陶芸家・Emui~笑無為~こと、中川笑美さんです。
中川さんのうつわは、形はシンプルに、でも独特な色使い。
料理が盛られた瞬間に、不思議と様々な表情を魅せてくれます。
今回は、東京での制作拠点で実際にお会いしてお話を伺いました。
工房に並ぶ制作途中の器や、釉薬の試作、
そして時折こぼれる柔らかな笑顔。
言葉だけでなく、素材選びなどからも、
「料理が主役」という中川さんの制作姿勢が、自然と伝わってきます。
器は、使われてこそ意味を持つもの。
そう語る中川さんが、どんな原体験を経て作り手になったのか。
前編では、うつわと出会い、陶芸の道へ踏み出すまでの背景と、
ものづくりの揺るがない軸をたどります。
Emuiという名前に込めた「自然体でいられるように」

「中川恵美と申します。自分の本名とはまた別で、Emui(エムイ)という名前で器の製作をしております。」
Emuiという名前は、本名からの「笑」と、「無為」という言葉を合わせたもの。
無為=自然のままで、という意味を知ると、本人の佇まいと不思議なくらい重なります。
「すごく自分の中で、素直な感じというかナチュラルな意味があって素敵だなと思って…“笑”にその言葉をつけてEmuiという名前でやっております。」
作家としての名前が、作風を語る前に、“姿勢”を語っている。そんな感覚がありました。
原点は「器が変わっただけで、食事が満ちた日」
中川さんの原点は、意外なほど生活に近いところにあります。
もともとは文系大学から公務員的な仕事へ。陶芸とは別の世界にいたといいます。
転機は、ダイエット中のこと。
食材が限られることで、食事が楽しくなくなった。そんな時に旅先で出会った“作家ものの器”を、思い切ってお迎えした。
「それまでの過程は何も変わらないんですけど、たった一個その器が変わったっていうだけなのに…満足感っていうんですかね。すごい美味しいし、心も体もお腹も満たされるみたいな感覚が衝撃的で。」
器一つで、食卓の時間が変わる。
その体験が、いまも鮮明に残り続けていると言います。
「じゃあ自分が集めるだけじゃなくて、この思いをしっかり届けられるような作り手として仕事をしてみる…っていうのが一つの手なんじゃないのかなって。」
そして、有給を使って試験を受け、合格したら会社を辞めて京都へ。
“見切り発車”と笑いながらも、動き出した人の強さがそこにありました。
「決断してからは…なんであんなところで悩んでたんだろう、みたいな。動き出したら、やることがたくさんあって。」
京都で学んだ“基礎”が、いまの「使いやすさ」を支えている

中川さんが学んだのは、京都府立陶工高等技術専門校(通称:京都大学校)。
「職人を育てる」目的の学校で、短い時間で一定の形を多く作る訓練を重ねます。
「あなたが作りたいデザインは知らない、
まずは一定の形のものを作れるようになりなさい、みたいな教え方。」
決められた形を、短い時間で、正確に。
その積み重ねが、いまの器づくりの土台になっています。
「狙った形を作れるようになったのは、
本当に京都で学んだおかげです。」
この“基礎”が、Emuiの器の核になっています。
形はあくまでシンプル。だからこそ日常の中で、手に取りやすい。
「お料理が盛りやすい形、サイズ、深さ…
シンプルだからこそこだわって作ってます。」
さらに、薄づくりで軽い。仕舞いやすい。洗いやすい。
食洗機もOK(ただし衝撃には注意)。
暮らしの中のリアルに寄り添う設計が、言葉の端々から伝わってきます。
「これに、冬瓜の煮物を」—使うところまで想像できる器

中川さんが、制作の軸として何度も口にするのがこの一言です。
「私の器は、あくまでお料理が主役…忘れないようにしようって自分の中で決めて制作しています。」
料理って、気合いを入れて作る日もあれば、疲れて丼で済ませる日もある。
でも器は、日常のいろんな場面に出てくる。だから“気兼ねなく使える器”でありたい。
時には飾っておきたい、と言われることもあるそうです。
でも、作り手としてうれしいのは“使うところまで想像してもらえること”。
鳥取での展示で、あるお客さまからの言葉が印象的でした。
「これに冬瓜の煮物を入れたい。」
料理名まで、具体的に浮かんでいる。
その瞬間が、とても嬉しかった。
「器のデザインよりも、
その先に料理が見えていることが、何より嬉しいんです。」
飾るための器ではなく、
日常の中で、何度も手に取られる器でありたい。
「食器棚にしまわれっぱなしの器には、なりたくない。」
料理が盛られて、はじめて完成する。
中川さんの器づくりは、
この一言に、すべてが集約されています。
後編では、
中川さんが大切にしているもう一つの拠点——徳島の景色と素材、
そして器の外側へと広がり始めた新しい表現について伺います。