陶芸家 加藤喜道さん < First interview > | 前編
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第1回目の「作り手の声」は、
栃木県高根沢で活動されている、陶芸家・加藤喜道さんです。
一つひとつ丹念に描かれた赤絵の器は、
どれも異なる表情を持ちながら、不思議と食卓にすっと馴染みます。
加藤さんとは、実はLINEのみでやり取りを重ねました。
LINEの画面には、短い文章が静かに並びます。
けれど不思議なことに、言葉を交わすほどに、
そこには確かな温度と、思考の深さが立ち上がってきました。
穏やかな語り口の奥に、探究心と、まだ見ぬ景色へ踏み出していく意志がある。そう感じさせる対話でした。
粘土が「形」ではなく「気持ち」に見えた日
加藤さんが粘土に強く惹かれた原点は、前職——養護学校での時間にあります。
ある時、美術の専科スタッフが用意した粘土。加藤さん自身、粘土に触れたのはそれが初めてだったといいます。
その場で、学校の活動だけでは収まらず、街へ出かけていくような子どもが、長い時間をかけていくつもいくつも形を生み出していく。
そして、そこに生まれたものを、加藤さんはこう捉えました。
「それは『形』というものではなく、『気持ち』や『思い』のようなものなのだと思います」
粘土は、手の中で“内面”に触れていける素材なのだ——。その実感が、後の作陶へとつながっていきます。
料理好きが導いた「自分で使いたい器を作る」という答え
もう一つ、加藤さんの軸を形づくったのは、学生時代から続く料理への愛情でした。料理が好きになると、器も好きになる。店へ眺めに行き、探しに行く。けれど学生の財布事情は正直で、「金額で探すと欲しい器に出会えず、欲しい器で探すと金額が難しい」。その往復を繰り返した末に、ふと立ち上がった考えがあります。
「それならば、自分で使いたい器を作ればいいのではないか」
そして今もその姿勢は変わらないと、加藤さんは言います。
「それは今でも変わらずで、自分で使いたい器を作っています」
“作るために作る”のではなく、“使うために作る”。この順序が、加藤さんの器を暮らしへまっすぐつなげているのだと思います。
「どう盛ればいい?」を、受け止めてくれる赤絵
加藤さんの器は、赤絵の模様が全面に施され、器そのものが強い存在感を放っています。だからこそ、初めて手に取る人は迷うこともある。
「赤絵の器、しかも全面に模様を描いているので、器だけを見ると『どうやって盛り付ければいいのだろう・・』と思う方が多いようです」
けれど、実際に料理を盛ってみると、不思議と収まりがいい。加藤さん自身も、使い手の声や写真からそれを再確認してきたといいます。
無地の器もあり、模様のある器もある。その調和が、食卓に“楽しみ”を生む。加藤さんは、器が食卓の景色の一部になることを、丁寧に見つめています。
模様は、どこかで見たものから「自分の模様」へ
加藤さんの模様には、必ず「元」があります。昔の陶器の模様、着物の模様、外国の本に載っていた模様、街角でふと見つけた模様。
それらを「面白いな」と思って描き続けていくうちに、少しずつ変化が起きる。
「面白いなと思った模様を何度か描いているうちに、自分の模様に変わってきます」
組み合わせ方次第で無限のバリエーションが生まれていく——その感覚が、加藤さんの赤絵に“同じではないのに、通じ合う”気配を与えているのかもしれません。
色は基本、昔からある赤絵の五色。けれど今は、そこに少し色を足したいという気持ちも芽生え、試行が始まっています。形もまた、シンプルを基調にしながら、変形やくっつけものへと“揺らぎ”が出てきている。
ただし、世界観やテーマを固定することはしません。
「これは特に決めたものはなくて、その時々で『面白い』と思ったものを作っています」
決めすぎない。縛りすぎない。
それは“ブレ”ではなく、加藤さんが大切にしてきた制作の呼吸です。

↑加藤さんの描かれた模様
こだわりは「落ち着くところに落ち着いた」先にある
制作のこだわりを尋ねると、加藤さんは少し考えたあと、意外なほど静かに言いました。
「特にはありません。いろんなものが自然と落ち着くところに落ち着いて今に至る・・そんな感じです」
粘土は量産品用の土。値段が安く、確保しやすく、在庫が安定しているもの。釉薬も試行の末に“三号釉”へ。絵付け中心の仕事の中で使いやすい釉薬として落ち着いた選択です。
成形は、ほとんど手びねり。そこには、母の介護という生活の事情も重なっています。
ただ、この「落ち着いた先」で終わらないのが、加藤さんの探究心です。
新しいものを作りたいから、新しい粘土を探している。粘土が変われば雰囲気も、絵の具の発色も変わる。違う釉薬や技法と出会えたら、違うものが生み出せるのではないか。加藤さんは言います。
「いつも探している・・そんな感じです」
“こだわりがない”のではなく、むしろ、こだわりを言葉で固める前に、手で探し続けている——そういう印象でした。
こうして言葉を追っていくと、
加藤喜道さんの器づくりは、技法や様式よりも先に、
「どんな思いで、暮らしに向き合っているか」から立ち上がっていることが見えてきます。
後編では、器と人との関係、そして今後の挑戦について、さらに話を伺います。